近畿大学 岩前 篤教授 コラム
人の歴史や文化と切り離せず、日々の生活の舞台となる住まい。なかでも近年特に注目を集めつつある高断熱住宅は、
これからの人の暮らしや社会、環境をどのように変えるのか――。
住宅の断熱性・気密性について長年研究を続けている近畿大学建築学部の学部長・岩前篤教授をお迎えし、
健康や快適性、省エネルギー、住まいの寿命との関係などさまざまな視点からお話しいただきます。
第2回 高断熱が健康を守る
まずご紹介したいのが、平成14年以降これまで合計で約3万5千人を対象に我々が独自に行ってきた健康調査です。新築の高断熱高気密住宅に引っ越した人を対象としており、回答者の中心は、30代~40代の働き盛り世代とその子ども世代である10代までの男女です。
気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎、関節炎、アレルギー性鼻炎など15の諸症状について、引っ越し後の変化を尋ねたこの調査では、大半の症状に明らかな改善が見られます。特に省エネ等級4以上など、より断熱性の高い住宅へ引っ越した人ほど改善率が高くなっています。
せきやのどの痛み、手足の冷えなどに限らず、アトピー性皮膚炎など肌の悩みについても高断熱高気密住宅への引っ越しで改善が見られるというのは、注目すべき点でしょう。これは住まいが暖かくなることで身につける衣類の量が減るからではないかと考えられています。
人間の皮膚が衣類から受けるストレスは想像以上に大きく、化学繊維やウール、ゴムなど肌を刺激しやすい衣類を多く身につければ当然ながら肌への負担は増します。着衣量が減ることでアトピーの引き金となる衣類からの刺激を小さくすることができます。
健康の改善率については、禁酒・禁煙・運動が及ぼす影響を調べたデータもあります。例えば、ほとんど運動をしない人が定期的に運動するようになることで、さまざまな症状が改善することが明らかにされています。喫煙や飲酒の頻度を減らすことでも、健康によい結果が出ています。
また、別の調査では内窓を設置することで、その家に暮らす高齢者の冬場の動作速度が上がるという結果が出ています。高齢者に限らず、住まいが暖かくなれば行動が活発になり、健康と深いつながりがある運動量が日常生活の中で増える傾向にあります。高断熱高気密住宅が住まいの温度差を無くし、ヒートショックの危険を減らしてくれることはこれまでにも知られてきましたが、実際にはそれに限らずもっと幅広い面から健康を下支えしているのです。
私自身、5年ほど前に自宅マンションの断熱リフォームを行いました。最上階の角部屋のため、リフォーム前は冬場の寒さが非常に厳しく、寝室の温度が5℃を切ることも珍しくありませんでした。真冬の朝など布団から抜け出るのが非常につらかったのを覚えています。断熱性能の向上により一年を通して快適な室温を保てるようになっただけでなく、以前はしょっちゅう引いていた風邪をほとんど引かなくなりました。
もうひとつ、高断熱高気密住宅が人の健康に与える良い影響として挙げられるのが、人体に害のあるカビの発生を抑えることです。化学物質によるシックハウスが住宅の大きな問題として取り上げられたことは記憶に新しいですが、実は化学物質を発するのは人工物のみではありません。
MVOC(Microbial Volatile Organic Compounds:微生物揮発性有機化合物)といい、細菌やカビなどの微生物によって放出される化学物質が健康を脅かすことがあります。湿気が多い建物でカビ臭いと感じることがあるのはこのMVOCによるものです。
日本にはさまざまな発酵食品があるように、カビと結びついた生活文化を持つため、カビそのものを過剰に恐れる必要はありません。ただ、カビの中には人体に有害なものがあり、その多くが結露しやすいところなど湿気の多い場所を好みます。しっかりとした断熱施工で室内の温度差をなくし、かつ適切な換気システムを使った住宅は結露しにくく、そうした有害なカビを発生させません。
日本の医療費は伸び続け、平成23年には37兆8000億円という過去最高額を記録しました。約1億2,800万人の人口で割ると、一人あたり年間30万円ほどになる計算です。これをいかに削減していくかは、日本が抱える大きな課題でしょう。高断熱高気密住宅への転居が健康改善につながるというのは数々の調査で明らかにされている事実であり、医療費削減という観点からも住まいの断熱は真剣に考えていくべきです。