近畿大学 岩前 篤教授 コラム
人の歴史や文化と切り離せず、日々の生活の舞台となる住まい。なかでも近年特に注目を集めつつある高断熱住宅は、
これからの人の暮らしや社会、環境をどのように変えるのか――。
住宅の断熱性・気密性について長年研究を続けている近畿大学建築学部の学部長・岩前篤教授をお迎えし、
健康や快適性、省エネルギー、住まいの寿命との関係などさまざまな視点からお話しいただきます。
第4回 今求められる長寿命住宅のかたち
日本の住宅の使用年数は平均30年ほどで、これは世界的に見て著しく短いといえます。ヨーロッパでは平均80年、特にイギリスでは平均140年使用されることと比べると分かりやすいでしょう。「日本は地震が多いから仕方ない」と言われることも多いですが、実際には最近建てられた住宅であれば地震で全壊するようなことはほとんどありません。
長く住み続けられない理由、それはもっと根本的に日本の住宅には魅力がないからではないでしょうか。「ここにずっと住みたい」または「中古でもこの家を買いたい」と思えるような快適性が住まいに実現されていないということです。
事実、住まいのリフォームや建替えを考える人にその理由を尋ねたアンケートでは、「今の家は寒いから」「汚くて、住んでいて気持ちよくないから」など快適性に対する不満が常に上位を占めています。
断熱が重要なのは、それが家そのもののクオリティを高めることになるからです。結露を発生しにくくすることで家自体を長持ちさせる効果もありますが、それ以上に「一年を通してずっと心地よい温度で過ごせる」などそこに暮らす人の快適性をつくり、家の魅力を高めることができます。
日本には新築住宅を好む文化が根強くあります。何らかの形で建築業に関わるのは日本では20人に1人といわれており、次々と新築住宅を建てることが日本経済を支えてきたという歴史もあります。しかしその構造ももはや転換期を迎えているといえるでしょう。平成21年には認定長期優良住宅が定められるなど、長く住める住宅の価値を国として見直す動きが起きています。長持ちする家をつくることは、建材をはじめさまざまな資源を大事にする観点からも不可欠です。
現状では、築30年ほどの戸建住宅でありがちなのが、子どもたちが巣立っていった後に年老いた夫婦ふたり暮し、もしくは一人暮しとなっている家です。不要な部屋が多く生まれ、2階は一年中雨戸を閉めっぱなしにして1階の限定された空間のみで暮らしている例などが目立ちます。そうした場合、住まい手が亡くなった後に家が再び誰かに使われるということはまずなく、家の寿命もそれで尽きることになります。身につまされるような、家族にとっても住まいにとってもさみしい現実です。
長く住み続けるためには、さまざまなライフステージに対応できる可変性も重要になります。いかに生活に合わせて家のあり方を変えていけるかということです。例えば20年、30年先には公的医療機関が受け入れの限界に達していることを考えると、在宅医療・介護とどう向き合っていくかは無視できない課題になります。住まいをバリアフリー化し、寝室・バス・トイレを連続したひとつの空間とできるよう間取り変更するなども必要でしょう。
おすすめしたいのは、そうしたとき断熱改修も一緒に行うことです。第2回でもご紹介したように、健康にとっては冬場が一番リスクの高い季節であり、ヒートショックはもちろん、風邪やぜんそく、アレルギーの症状などが強く出やすいほか、転倒や溺水といった事故の危険も高まります。また、寝たきりになる人も夏に比べて格段に増えます。リフォーム時に一緒に断熱材を入れるかどうかが、ご本人の健康とともに、家がその後も長く使われ続けるかどうかに影響するといって過言ではありません。
前述のような、お子さんがすでに独立されて夫婦ふたり暮し、ないしひとり暮しのケースであれば、普段使っている1階のLDKと寝室、洗面所、バス、トイレのみを部分断熱するのも十分有効です。50代、60代になって家全体の改修をするような金銭的ゆとりがないという場合でも、生活スペースのみに限ったリフォームならそれほどの負担はかかりません。部分断熱であっても日々の暮らしの快適性は確実に改善し、いずれ家族に残す家としても価値を高めることができます。
住まいの長寿命化が意識されてきた昨今、新築住宅では100年、200年という長期にわたる使用を前提に建築されることが増えてきました。だからこそ私はあらためて家の住み心地を考えてほしいと願うのです。長く受け継ぐ家であればこそ、子どもや孫、そしてその先の子孫たちから感謝されるような良いものを残すことが大事でしょう。少なくとも負の遺産となるものを次世代に渡すのは避けたいものです。