近畿大学 岩前 篤教授 コラム
人の歴史や文化と切り離せず、日々の生活の舞台となる住まい。なかでも近年特に注目を集めつつある高断熱住宅は、
これからの人の暮らしや社会、環境をどのように変えるのか――。
住宅の断熱性・気密性について長年研究を続けている近畿大学建築学部の学部長・岩前篤教授をお迎えし、
健康や快適性、省エネルギー、住まいの寿命との関係などさまざまな視点からお話しいただきます。
第5回 ゼロエネルギー住宅は実現できるか?
住宅の長寿命化を目指す今、断熱材にもさらなる発展が求められています。100年住み続けられる住宅が今後主流になったとしても、現在製造されているほとんどの断熱材は、その期間の使用に耐えうる耐久性を持っています。正しく施工されていれば、経年劣化という点では大きな問題はありません。むしろ今、断熱材が乗り越えるべき壁はエネルギー問題との関係であり、より高い断熱性能をいかに実現するかです。
断熱性能を示す値としてQ値(熱損失係数)があり、これは値が小さいほど高い断熱性能を持つことを示します。現在定められている「次世代省エネ基準」では、比較的温暖な本州から九州にかけての大部分の地域でQ値2.7が求められています。Q値2.7の住まいに住むと仮定した場合、年間で必要とされる暖房エネルギーは7ギガジュール(電気代に換算して約4万3千円)ほど。冷暖房、給湯、換気、照明等の全エネルギーを合わせるほど43ギガジュール(電気代に換算して約26万円)ほどになります。
必要なエネルギーをすべて自宅でつくれる住まいを「ゼロエネルギー住宅※」と呼びますが、仮に43ギガジュールのエネルギーをすべて屋根に取り付けた太陽光発電でまかなうとしましょう。年間43ギガジュールの電力をつくるためには、4.5キロワット程度の出力が必要となります。
しかし問題は、4.5キロワットの太陽光発電ではかなり大きなパネルが必要となり、一般的な住宅の屋根には置けないということです。東京都内など都心部の住宅では3キロワットがせいぜいです。ここに物理的な限界が出てきます。。
太陽光発電が盛んな海外と比較すると、例えばアメリカのフロリダ州の住宅の平均屋根面積は約180㎡です。一方日本の平均屋根面積は約60㎡で、フロリダ州の約3分の1しかありません。海外で太陽光発電が浸透してきたからといって、住宅の条件が異なることを無視したまま日本に導入しても必ずしもうまくいくわけではありません。
日本でゼロエネルギー住宅を実現するためには、住まいの断熱性能をいっそう高めることが不可欠になります。太陽光発電によって住まいで必要なエネルギー量をすべてカバーするためには、Q値では1.3レベルが求められます。断熱材を厚くすれば断熱性能を高めることができますが、Q値1.3を実現するには、今普及しているどの断熱材を使っても150㎜~270㎜ほどの厚みが必要になります。これでは壁の厚みを超えてしまいます。日本の木造住宅で一般的な充填断熱工法で施工するには、断熱材の厚みは120㎜が限界です。
在来工法こだわらなければ、壁の厚みをクリアする方法はあります。例えば近年普及が進んでいるツーバイフォー工法では38㎜×89㎜の規格材を用いるため壁の厚みは89㎜となりますが、38㎜×140㎜のツーバイシックス工法や38㎜×184㎜のツーバイエイト工法により壁の厚みを増やせば、断熱材を充填する空間にもっとゆとりを持てることになります。
また、充填断熱に外張り断熱(または内張り断熱)を組み合わせた「付加断熱」も、確実に断熱性能を高める手段として有効です。付加断熱はこれまでは寒冷地を中心に採用されてきましたが、今後のさらなる省エネルギー化のためには、温暖地でも2つ以上の断熱工法を併用するという考え方は必要になるでしょう。
その他、グラスウールの芯材などをフィルムでくるんでその内部を真空化した「真空断熱材」など、断熱材を厚くしないで断熱性能を上げるための技術も開発されてきています。
建築業界ではさまざまな方法で断熱性能を上げる方法が提案されており、今後もさらにこうした研究は進められます。これらはゼロエネルギー住宅の実現を支えるものであり、住まいの省エネルギー性を考える上で目が離せません。
最終回となる次回では、「本当のエコハウスとは何か」というテーマでこれからの住宅について考えたいと思います。
(注釈)
※ゼロエネルギー住宅
国土交通省が平成24年に始めた「住宅のゼロ・エネルギー化推進事業」では、「住宅の躯体・設備の省エネ性能の向上、再生可能エネルギーの活用等によって、年間での一次エネルギー消費量が正味(ネット)で概ねゼロとなる住宅であること」と定義される。