近畿大学 岩前 篤教授 コラム
人の歴史や文化と切り離せず、日々の生活の舞台となる住まい。なかでも近年特に注目を集めつつある高断熱住宅は、
これからの人の暮らしや社会、環境をどのように変えるのか――。
住宅の断熱性・気密性について長年研究を続けている近畿大学建築学部の学部長・岩前篤教授をお迎えし、
健康や快適性、省エネルギー、住まいの寿命との関係などさまざまな視点からお話しいただきます。
第6回 本当のエコハウスとは
日本でエコ住宅を語るときに問題となるのは、冬の寒さと夏の暑さを防ぐ「断熱」と、消費エネルギーが小さい家電などの「高効率機器」、太陽光発電などによる「再生可能エネルギー機器」という3つの手法が一般的には混同されていて、違いを意識されず「似たようなもの」として考えられていることです。ヨーロッパなどでは明確な順番づけがされていて、最初に断熱、2番目に高効率機器、最後が再生可能エネルギー機器となっています。
住宅の省エネルギーを考える際、この順番付づけは非常に大切です。長い期間住み続ける住宅に比べて、機器類は10年もすれば更新が必要になります。冷蔵庫や洗濯機などの従来の家電ですら買い換えようとすると大きな費用がかかるのに、この上さらに「省エネのため」と言って機器・設備を増やせば後々の家計の負担はいっそう膨らみます。
最近さかんに話題にのぼる「スマートハウス」もやはり機器・設備の充実を訴えるものです。家電やその他の設備をITでつなぎ、エネルギー消費を制御するのがスマートハウスですが、いずれ交換や廃棄が必要となる機器を今まで以上に増やすことが果たしてエコと呼べるでしょうか。
経済産業省の試算によれば、「見えるかモニターHEMS」の導入とそれに合わせた省エネ行動の喚起により、1世帯あたり約10%の消費電力の削減が可能になるとされています。しかしこれは当然ながら、「見えるかモニターHEMS」を導入すれば自動的に電力消費が抑えられるというわけではありません。電力の使用状況や電気料金を「見える化」することで、居住者が節電に努めることを前提とするものです。
数年の間はそれもうまく機能するかもしれませんが、将来に渡って人間が「見えるかモニターHEMS」を使いこなし、節電努力を続けられるかどうかには疑問が残ります。居住者それぞれの意志に委ねられている以上、その保証はどこにもありません。
以上のことを踏まえると、省エネルギー化において機器・設備への依存はできるだけ小さい方が良いことが分かります。断熱を最優先すべき理由はここにあり、そもそも住まいで必要となる消費エネルギーを減らすという発想が重要になってくるのです。
多くの場合、スマートハウスの断熱性能はQ値2.7という次世代省エネ基準レベル(本州・四国・九州の大部分であるIV地域・V地域)を前提にしています。ですが、Q値1.9程度までの断熱性能の向上は技術的にさほど難しいわけでなく、せめてそこまでは機器・設備の導入を考える以前に実施すべきでしょう。
断熱は家が使用される限り有効で、定期的なメンテナンスが必要となるわけでもありません。日本でこれまで断熱の有用性が注目されなかったのは、100年以上に住み続けられるヨーロッパの住宅などに比べて、住まいの寿命そのものが短かったことも指摘できます。しかし、本コラムの第4回でもお話しした通り、住み心地や快適性を向上させれば住まいの寿命は延びるのです。
そもそも、私が一般に呼ばれるエコ住宅に懐疑的なのは、地球へのやさしさばかりが強調されすぎているように思うからです。省エネ化を進めて温室効果ガスを減らしていくことは重要ではありますが、それを語るとき人の快適性を無視したり、さらには我慢を強いてはいないでしょうか。
地球環境への配慮は人の健康や安全と両立したうえで考えられるべきものです。省エネルギーを偏重して住む人の健康を損ねるような住まいもまた、エコ住宅とは呼べません。人へのやさしさと地球へのやさしさが重なる部分にこそ、本当のエコ住宅があると私は考えています。住宅が「人の住まい」である以上、地球にさえやさしければよいというのは本末転倒でしょう。
すでにご紹介してきたように住まいにおいて人の健康を守るために、十分な断熱性能は欠かせません。冬の暖かさ、夏の涼しさを確保するだけでなく、家の中の温度差が人体にもたらす悪影響からも住む人を守ります。また、適切な湿度を保つことでハウスダストの原因となるカビの発生を抑えます。そして注目すべきは、人へのやさしさを実現した高断熱高気密住宅では、無理なく消費エネルギーを抑えることができ、結果として地球にやさしい住まいともなるのです。
6回に渡ってお送りしてきたこの連載コラムも、今回が最終回となりました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。