住宅技術評論家 南 雄三氏 コラム
住宅の高断熱・高気密化は今日どのような状況を迎えているのか、「省エネ住宅」とはそもそも何なのか、日本の風土・気候に合った高断熱高気密住宅とはどうあるべきか――。
日本における住宅の省エネ化を長年リードしてきた南氏ならではの視点でお話しいただきます。
第2回 住まいとはまずは健康を守るもの
住宅の高断熱化は今やグローバルスタンダードになりつつあります。日本は、次世代省エネ基準でもまだ世界レベルに比べると低いなど批判があり、低いと言われれば「ではもっと上げるべきなのか」と考えてしまいます。しかし例えば、ドイツと日本では気候も暖房習慣も違います。
ドイツと日本の長野を比べると長野の方が寒いという指摘もありますが、日本の多くは温暖であること、日射量で日本の方がはるかに大きいこと、全館暖房が常識のドイツと部分間欠暖房が常識の日本…。単純に基準の高い低いだけを論じられるものではありません。
断熱基準のレベルを根拠に、日本は省エネ劣等生のようにいわれることがあります。ですが実際には、日本の世帯あたりのエネルギー消費量は他の先進国と比べて極めて小さいのです。
下のグラフを見ればその差は明かで、今さら省エネ対策などやらなくてもいいほど省エネ化が進んでいます。
背景には、冬場は全室暖房が当たり前でどの部屋でも20℃を超えている欧米とは違い、日本が「我慢の〈小〉エネルギー」で寒い冬に耐えてきたことがあります。「寒ければ厚着すればよい」「布団に入っていれば暖かい」などはよく聞く言葉ですが、まさにこの我慢の〈小〉エネの典型です。
我慢を美徳とする日本人は、古くから暖かさや涼しさを贅沢だと考える傾向が強くありました。省エネ=節約の意識が強いのもその表われでしょう。「断熱などすると体がなまる」など批判された時代もありました。
しかし、実際には「寒さは住む人の健康を脅かす」のです。これは見落とされがちですが、極めて重大な事実です。低断熱で暖房も部分的にしかされていない家の中には大きな温度差が生まれ、ヒートショックで亡くなる人が続出します。また、結露の発生によりカビやダニが繁殖した空間は、シックハウス症候群など呼ばれるトラブルを引き起こします。家に起因する健康リスクを抱えて暮らすのは知恵ある生き方とはいえません。
住まいとはまず、人の健康な暮らしを守るシェルターであるべきです。消費エネルギーの大小に関わらず、家を暖めることから始めなくてはなりません。寒い冬の間、家中をくまなく暖めるためには莫大なエネルギーが必要となり、それを抑えるために威力を発揮するのが断熱です。この順序は非常に重要です。
ここで提案したいのは、「家の中のすべての場所、すべての時間帯で10℃以上」にするということです。ヒートショックと結露という健康リスクを避けるためには、最低でも10℃の温度が必要だからです。真冬の最も寒い時間帯、住まいで一番寒い場所でも最低温度10℃を守ります。例えば、2階北側のトイレの朝5時の温度などが想定されるでしょう。
トイレまで二十四時間いつでも10℃以上になるよう温度管理するには相当な暖房負荷がかかり、現実的ではありません。この負荷を避けるために、住まいの断熱が必要になります。
「2階北側トイレの朝5時でも10℃以上」という条件をクリアするには、東京のような温暖地でも次世代省エネ基準以上の断熱性能が必要だとシミュレーションされています(北方建築総合研究所・鈴木大隆氏の調査)。つまり、日本の全ての家は次世代省エネルギー基準以上の断熱性を持つ必要があるということで、この文脈であれば、省エネ基準の適合義務化も理解できます。
今までの省エネ基準議論には「なぜ基準を義務化しなければならないか」という哲学がありませんでした。「Q値はⅣ地域なら2.7」など定めるのは、壁や天井、窓の断熱施工をする上で現実的に対応しえるかどうか現状と照らし合わせ、恣意的に決められたものです。
そこにまず健康という視点を入れるべきだというのが私の主張です。「健康に過ごすためには、家の中でいつでもどこでも10℃以上の温度を最低限確保しなければならない。そのためには最低でも次世代省エネ基準の断熱性能が必要」という明確な根拠が、義務化を論じる前にまず必要です。
ただ、私はむしろ義務化より「健康のためには次世代省エネ基準以上が必要」ということを、広く国民に周知・啓発する方が効果的だと思います。皆が健康を守るための住まいという視点で切実に家づくりを考えるようになれば、必要な断熱性能は自然と満たされてくるでしょう。
「健康を守る住まいづくり」を省エネ住宅のスタート地点とした上で、次回は住まいにおける快適感についてお話します。