住宅技術評論家 南 雄三氏 コラム
住宅の高断熱・高気密化は今日どのような状況を迎えているのか、「省エネ住宅」とはそもそも何なのか、日本の風土・気候に合った高断熱高気密住宅とはどうあるべきか――。
日本における住宅の省エネ化を長年リードしてきた南氏ならではの視点でお話しいただきます。
第3回 環境が変われば快適も変わる
前回は、健康を維持できる住まいが最優先であり、かつ最低条件であるというお話をしました。「健康を守れる環境」を確保すれば、次に求められるのが「快適感」です。快適な温熱環境とはどのようなものでしょうか。
これは、ひと言で言えばそこに住む人の考え方、感じ方次第です。何を心地よく感じるかは個人によって差があり、一概にこうあるべきと押しつけることはできません。住まいの防火性や耐震性に国が基準を定めるのは、いざというときに周辺にも被害が及ぶことを考えれば当然ですが、快適感という観点での省エネ性はあくまでも個々人の選択に任せられます。
快適感を左右する要因としては、「地域の気温」「地域の日射量」「居住環境」「個人の温熱感」などが挙げられます。日本は北から南まで地域ごとに気候の差が大きいのが特徴です。
一つ目の「地域の気温」では、温暖な地域に住む人ほど温度の低さに鈍感になり、逆に寒冷地では寒さを嫌う傾向が見られます。その証拠に日本で最も家の中が(※直っていない)暖かいのは全室暖房が基本の北海道の家であり、北海道より遥かに温暖な東京では肌寒く感じる室温でも多くの人がそのままにします。
二つ目の「地域の日射量」も快適感に大きな影響を及ぼします。東京のように冬場の日射量が多い地域は多少気温が低くても平気で過ごしますが、日射量が少ない新潟などの雪国では寒さを我慢できません。 しばしば気候が全く違う寒冷地の国々との比較で日本の住まいの性能が語られることがありますが、以上を踏まえると、ほとんど意味がないことだと分かります。日本独特の気候・風土と、その中でさらに細分化した各地域での快適感に基づき、住まいのあり方を考える必要があります。
三つ目の「居住環境」は、今まで住んでいた家の寒さの度合いで温熱感が変わってくるということです。引っ越し後の家が以前住んでいた家より暖かければ断熱性能に関わらず満足できます。反対に、マンションから戸建住宅に移った場合などに「寒くて我慢できない」といった声が聞かれるのも、上下左右の住戸が断熱材の役割を果たしてくれていた前居との比較によるものです。
これらに加えて、四つ目の「個人の温熱感」が快適感を決定づけます。同じ家に暮らす家族との間で、寒さ・暑さ・涼しさ・暖かさについて感じ方が分かれた経験を持つ人は多いでしょう。
こうした快適感の違いを背景に、住み手は自分の思う「快適」を家に求めます。ヒートショックや結露の危険さえなければ我慢の生活を美徳と考え、無暖房で過ごす人もいるでしょうし、空調を駆使して冬は全館20℃以上、夏は全館28℃・湿度50%以下を求めるのも自由です。暖冷房費がいくら増えようが心地よさを選ぶというのは愚かな快適追求ですが、断熱した上で高効率機器を使い小さな燃費で快適に過ごすのは賢い住まい方です。
また日射量に恵まれた土地では、完全に心地よいわけではないものの我慢するわけでもなく、暖房なしで何となく一日を過ごしてしまうという不思議な快適感もあります。暖かくはないものの寒いわけでもなく、こたつがあれば十分という温度感覚といえば分かりやすいでしょう。
東京にある私の家は大正時代に建てられた古住宅を高断熱・高気密化しフルリフォームしたものですが、冬場はこの不思議な快適感を感じつつ暮らしています。冬の晴れた日であれば、日差しが入る1階の部屋で21℃、2階で24℃ぐらいの室温になります。日が落ちると温度は低下しますが、家族が揃って食事をしているとその生活熱でまた少し上昇し、夜は無暖房のまま19℃で眠ります。朝目覚めるときが15~16℃です。
19℃は寝間着一枚では肌寒く感じるぐらいで、布団に入るのが嬉しくなる温度です。朝15℃だと布団から抜け出るのが少し億劫に感じますが、いざ起きてみると大して寒いわけではありません。こうした微妙な温度推移は、騙されたようについつい無暖房で過ごしてしまうおもしろさがあります。
不思議な快適感の暮らしが成り立つのは断熱により最低限の暖かさを確保していることが前提となりますが、もう一つ不可欠な要素が「太陽の光」です。省エネ住宅を語る上で、日射量がどうあるかは断熱性能と切り離して考えることはできません。次回は、断熱と日射の関係についてお話しします。