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東京大学大学院 前 真之准教授 コラム

本連載で今回お迎えするのは、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授で工学博士、一級建築士の前真之氏です。エコハウスを中心とした全国の住宅の調査・研究に取り組んできた前氏に、住まいとエネルギーとの関係や断熱・気密をめぐる建築事情、真のエコハウスづくりに大切なことなど、多岐にわたってお話を伺います。

第6回 人を幸せにする住まいを目指して

前回までに住まいづくりでの断熱・気密の大切さをお話してきましたが、なぜこの基本性能が欠かせないかというと、断熱性・気密性を高めることで生活がより快適になるからです。

「安易な便利さ・快適さを避けた住まいが人間を鍛える」などといった考え方で建てられる住宅も一部にはありますが、私は反対です。家を修行の場とするならそれでもいいかもしれませんが、普通はそうではないでしょう。家は心身を休める場所であり、家庭生活を営む場所です。暮らしは家だけで完結するわけでなく、そこで安らぎを得て気力・体力を取り戻し、職場や学校など活動の場に出かけていく拠点になるべきなのです。

人を幸せにする住まい

こうした当たり前のことができず、住む人が幸せを感じられない家が長く使われることはありません。施主が亡くなった後、家族が「こんな冬寒くて夏暑い家には住めない」と言って手放すケースは少なくありません。名高い建築家が建てた歴史に残るような住宅であっても、寒さや暑さといった現実の前には価値を無くしてしまいます。

建築家に依頼した施主本人は生活が多少不便で快適ではなくても、その住まいに込められた建築的価値や美しさ、建築家のイデオロギーに賛同して、納得して暮らすことができるかもしれません。しかし、家づくりの際に声を挙げられない人たちが確かにいるのです。意見の弱い配偶者や他の家族はもちろん、まだ生まれていない子どもや孫世代もそこに含まれます。後の世代まで家が残るかどうかは、施主一人の考えを超えるものです。

私は、住まいのザイン性や建築美がどうでもいいと思っているわけではありません。より多くの人を幸せにする家を考えるとき、重要な要素を3つにまとめるとすれば「美・快・実」が挙げられます。まず必要なのが「美」です。美しくない家は好きになってもらえず、住みたいとも思われません。当然ながらそんな住まいが社会に広がっていくこともないでしょう。

しかしそれだけでは不十分で、実際に住むためには「快」という住み心地の良さが不可欠です。住む人の快適性を守る基礎性能は、長く住み継がれるために絶対に欠かせません。そして「実」――省エネで光熱費が抑えられるとなどのメリットは、長く住むことを考えればこそ重要になります。

私は環境工学(building science)の研究者ですが、環境工学はまさにこれらを実現して住む人を幸せにするためにあります。美しく、快適で、省エネという住まいは数十年前には実現が難しかったかもしれません。しかし、断熱・気密をはじめさまざまな建築技術が進化してきている現在、それは十分に可能になってきています。そうした科学の力を人の幸せのために最大限活用するのは、工学に関わる者は当然の責務です。

気密

その一方でこうした技術面の問題以前に、根本にある「生活」自体を私たちが見直すことが一番大事でしょう。仕事に追われて毎日深夜に帰宅する人が少なくない日本では、住まいを考える価値観がずれているように感じます。たくさんのエネルギーを消費しつつ夜型の生活を続けるのは、それ自体がエコとは呼べません。住まいのハードを考える前に、そもそも一体どのように生活したいのか、それが問われているのです。

帰宅時間の早いドイツやスイスでは、家族で夕食をとるのが一般化しています。こうした国々で高断熱高気密住宅の普及が進むのは、家で過ごす時間が長いために家族全員が住環境を真剣に考えるということも理由のひとつです。どのような暮らしに価値を置くのか、その舞台となる家をどう考えるのか。まずそこから論じるべきであり、そうしたソフト的なニーズを無視して、ハード単体を語ることはできる訳がありません。

最後に、温暖化問題へのアプローチについても少しお話ししたいと思います。近年、地球温暖化は国境を越えた深刻な問題となっており、世界レベルでのCO2排出削減が急務となっているのは疑いようがありません。エコハウスへの注目が高まるのも、スタート地点はそこにあります。

しかし、自分のマイホームづくりでいきなり「地球環境のため」といってもなかなかピンと来ないのが実際のところでしょう。まず誰もが共有できる目標は、日々の光熱費が削減できるという「省コスト」です。エネルギーの恩恵とコストのバランスを厳しい目で見つめ直すことは家計を助け、生活を楽にします。それが化石燃料の消費を抑える「省エネ」となって海外へのエネルギー依存を減らし、そして結果的に「省CO2」となり温暖化防止に貢献するのです。省CO2になるからといって、日本人の生活や日本の財政が破綻してしまっては何にもなりません。住宅は、あくまでそこに暮らす人の生活を支えるべきなのです。省コストや快適健康、省エネ、省CO2の達成すべき順序を間違えてはいけません。

省エネ

自分や家族の幸せをしっかりと考えた、無理のない等身大の家づくりがエコハウスの原点となると私は信じています。この点を強調し、本連載を終えたいと思います。ご拝読ありがとうございました。

東京大学大学院 前 真之准教授

東京大学大学院 工学系研究科 建築学専攻 准教授・博士

前 真之(まえ まさゆき)

昭和50年広島県生まれ。平成10年東京大学工学部建築学科卒業。平成15年東京大学大学院 博士課程修了、平成16年建築研究所など を経て、同年10月、29歳で東京大学大学院工学系研究科客員助教授に就任。平成20年より現職。建築環境を専門 にし、住宅の エネルギーに関する幅広い研究に携わる。暖房や給湯にエネルギーを使わない無暖房・無給湯住宅の開発にも注力している。

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