東京大学大学院 前 真之准教授 コラム
本連載で今回お迎えするのは、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授で工学博士、一級建築士の前 真之氏です。エコハウスを中心とした全国の住宅の調査・研究に取り組んできた前氏に、住まいとエネルギーとの関係や断熱・気密をめぐる建築事情、真のエコハウスづくりに大切なことなど、多岐にわたってお話を伺います。
第2回 断熱・気密はなぜ誤解される?
「エネルギーの使用の合理化に関する法律」、いわゆる「省エネ法」が制定されたのは昭和55年のことです。同年、省エネ法に基づき、住宅や建築物の省エネ対策について「省エネ基準」が定められました。以来、断熱・気密という建物の基本性能は、省エネ基準が改定を重ねるに伴い少しずつレベルアップしてきました。これは住まいの基礎体力とも呼べるもので、決して軽視することはできません。
それにも関わらず、断熱・気密の意義は一般にあまり知られていないのが現状です。建築業に携わる人たちですら、一部の推進派を除いて大多数が十分な関心を払っていません。北海道や東北などの寒冷地域では必要に迫られて断熱・気密が進んでいるものの、この無関心ぶりは暖かい地域に行くほど顕著になります。
それどころか、断熱・気密を毛嫌いする建築家も少なくありません。「日本の伝統にそぐわない」「木が呼吸できなくなる」などがその代表的な意見です。
低断熱・低気密な住まいの弊害のひとつに結露が挙げられますが、反対派からは「昔の住宅は断熱・気密などしなくても結露しなかった」と伝統住宅がよく引き合いに出されます。確かに、木材が今よりもっと高価で貴重だった時代、家は木が乾燥して長持ちするように通気優先の構造になっていました。温度差が生じる金物を使わない、構造材を見えやすくするといった当時の対策は、ある程度の効果を上げていたと言えます。
ただし忘れてはならないのは、これらの住まいで最優先されていたのは家の耐久性であり、人の快適性・健康性ではなかったということです。現在もそれが同じであっていいわけではありません。また、どんどん進化している建築技術を無視して、当時の手法に固執するのはナンセンスでしょう。
それでも反感を持つ建築家は多く、「わざわざ気密をとって機械換気するなんてバカげている」という声を聞くこともあります。では気密性を確保していない家であれば新鮮な空気がくまなく流れるかというと、もちろんそんなことはありません。住宅内の隙間から入り込んでくる気まぐれな空気は「換気」などと呼べる代物ではなく、単なる「漏気」です。
低気密な住まいで暖房を使用した場合、暖まった空気は上部の隙間から逃げて行き、その分だけ冷気を下部の隙間から吸い込むことになります。これにより「暖房しても全然暖かくならない」どころか「暖房するほど寒くなる」場合すらあるのです。当然ながら、暖房効率は極めて低くなります。高気密住宅で24時間換気システムを使っても、気密をとらないで無駄になる暖房エネルギーに比べれば全く問題になりません。
一方で「高断熱・高気密=高コスト」として、施主に断念するよう求める建築家も少なくありません。断熱・気密にかかるコストは、設計者や施工者の知識や経験に大きく影響されています。断熱・気密に経験がないと「手間がかかって面倒」と思い、やりたくないから見積りをさらに高く設定しがちです。反対に、高断熱高気密住宅に慣れた建築家ほどノウハウが蓄積され効率化が進むためコストダウンできます。今後もっと断熱・気密が普及すれば、さまざまな工法が編み出されてコストも全体的に下がっていくと考えられます。
冒頭でお話しした省エネ基準については、平成25年に14年ぶりの改正が行われました。ここでも断熱性能という外皮基準は、一次エネルギー基準との二本立てとなって残されました。さらに、国土交通省と経済産業省、環境省による方針では、平成32年をめどにすべての新築建築物で改正省エネ基準の適合を義務化するとしています。
適合義務化に賛否両論があるのは否めません。高断熱の普及につながるという好意的な見方がある一方で、現状の外皮の基準は決して十分なものではなく、低いレベルのまま義務化すればそれさえクリアすれば良いことになり、かえって住まいの省エネ化を妨げになるとも考えられます。
私は、まずは国として断熱性能を底上げする最低限の基準を広めることは必要だと思います。ただそこで満足することなく、次の目標となるようなさらに高い基準を育てていくことが欠かせません。いっそうの高断熱・高気密を進める真面目な設計者や施工者が有利となるような施策によって、住まいの省エネ化を誘導していくべきでしょう。
次回は少し視点を変えて、生物としての人間の特徴から住まいにおける温熱環境やエネルギー消費のあり方についてお話します。