東京大学大学院 前 真之准教授 コラム
本連載で今回お迎えするのは、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授で工学博士、一級建築士の前真之氏です。エコハウスを中心とした全国の住宅の調査・研究に取り組んできた前氏に、住まいとエネルギーとの関係や断熱・気密をめぐる建築事情、真のエコハウスづくりに大切なことなど、多岐にわたってお話を伺います。
第3回 人の暮らしとエネルギー消費の現実
すべての生物にはそれぞれに適した環境があり、人間も例外ではありません。健康で快適に過ごせる理想的な住まいを考える上では、そもそも人間の体にはどのような環境がふさわしいのかという視点が必要になってきます。
アフリカで誕生した人類は、その進化の過程で暑くて乾燥した気候に対応するために体毛をなくしてきました。同時に、汗をかく力=発汗機能を発達させました。マラソンなど持久力が求められる競技を人間がこなせるのは、1時間に400ccもの汗をかくことでオーバーヒートを防いでいるからです。これは1時間あたり240Wの冷却力を意味します。このような特徴を持つほ乳類は他には馬ぐらいしかなく、人間は本来非常に暑さに強い生きものなのです。
ただし、汗は乾いてこそ体を冷やすことができます。したたる汗にその効果はありません。夏に高温多湿となる日本では汗は乾きにくく、うまく放熱することができません。日本で一般に「人間は夏の暑さには弱い」と思われがちなのは、このためでしょう。人間は、正確には「暑さ」ではなく「蒸し暑さ」に弱いのです。
汗を乾かすのは、湿度が高くても通風があればある程度可能です。開け放った窓から風が吹き抜けているような状況であれば、比較的過ごしやすく感じるのは多くの方が経験している通りです。しかし、都心など家が混み合う場所で十分な通風を得るのはかなり難しいものです。
エコハウスの設計でも通風の利用は大いに好まれますが、住宅地の風は近所に建物ひとつ建つだけでガラリと変わる気まぐれなものです。また、近くに道路や駐車場があったりすれば、吹いてくるのは自動車の排ガスやエアコンの排気混じりの風で、心地よいとは到底言えません。よほどの好立地でなければ、通風のみで涼を得ようとするのには無理があります。
「エアコンは悪」など決めてかかり、エアコンを無くすことを目的としたような通風偏重の家は少なくありません。しかし、吹き抜け・大開口を設けたこうした定番の「エコハウス」より、実際にはつつましく効率的に冷房できる住宅プランの方がよほど現実的です。
そして何より、人間が本当に弱いのは暑さより寒さなのです。再び人類の歴史に目を向けても、7万年前にアフリカを旅立った人類は、中東や東南アジア、オセアニアのような温暖な地域へは2万年程度で広がっていますが、北欧やシベリアなど寒さが厳しい地域への適応はそれよりはるかに遅く、5万年ほど費やしています。その間、何度も絶滅の危機にもさらされたことでしょう。人間が寒さの中で暮らすのには、相当な知恵と技術が必要になります。
快適性の観点からしても、備えなければならないのは夏よりむしろ冬です。人間は汗が乾く限り暑さには強いですが、低温は我慢することができません。体毛が薄い人間は冬に体熱の放射を抑えることができず、気温が20℃を切れば寒さを感じます。このことは、人間が快適と感じる温度・湿度の範囲を示した「オルゲーの生気候図」によく表われています。
さらに日本の気候は、言うなれば「夏はマニラ、冬はパリ」。一年のうちに熱帯並みの暑さとヨーロッパなみの寒さという両極端な気候を共に持つ環境は、結構過酷なものなのです。
それでは冷暖房を使って快適な室内環境をつくった場合、エネルギー消費量はどうかというと、冷房による消費エネルギーは非常に小さく、関東などでは暖房の10分の1ほどに過ぎません。この理由には、冷房使用時は暖房使用時ほど屋内外の温度差が大きくない、空調時間が短いことなどが挙げられます。
夏は、家電や照明などによる内部発熱をできるだけ抑えて日射をしっかりと遮り、必要最小限の空間だけ冷房する分には、たくさんの電気は必要ありません。エネルギー消費がもともと少ないのにも関わらず、冷房を「もったいない」とムリに我慢するのは、体に負担をかけ熱中症などを引き起こす危険があります。暑ければ適切に冷房は使ってもよいのです。
以上見てきたように快適性やエネルギー面からも、日本の住まいは冬を重視した備えが先決といえます。こうした点をもとに、次回はローリスクできちんと省エネ効果が挙げられる住まいづくりについてご紹介します。