東京大学大学院 前 真之准教授 コラム
本連載で今回お迎えするのは、東京大学大学院工学系研究科建築学専攻准教授で工学博士、一級建築士の前真之氏です。エコハウスを中心とした全国の住宅の調査・研究に取り組んできた前氏に、住まいとエネルギーとの関係や断熱・気密をめぐる建築事情、真のエコハウスづくりに大切なことなど、多岐にわたってお話を伺います。
第5回 無暖房住宅のつくり方
一次エネルギー(石油や石炭、天然ガスなど)使用量が増え続ける中、日本はそのほとんどを輸入燃料に頼っています。年間の化石燃料の輸入額は、21.82兆円にものぼり、これは自動車の輸出額14.02兆円や機械類の輸出額13.80兆円に比べてずっと多くなっています(平成23年実績)。つまり、日本は工業製品を売って得た外貨の大部分を化石燃料の輸入に費やしている計算になります。
経済への影響を考えれば産業用エネルギーの値上げは難しいため、エネルギー価格上昇のしわ寄せが向かうのは家庭用エネルギーと予想されます。家庭用の電気料金・ガス料金は今後ほぼ確実に上昇していくといえます。生活防衛のためにも、住まいにおける一次エネルギー消費の削減は欠かせなくなっています。
そうした背景から、昨今少しずつ注目を高めているのが暖房のいらない家「無暖房住宅」です。冬にもっとも一次エネルギー消費が大きい暖房エネルギーをゼロに近づけ、照明や家電などのための必要最低限のエネルギーで生活を守れる家を増やしていくのは、各家庭にとっても日本全体にとっても重要なことです。
断熱・気密に徹底して取り組み日射熱が十分に利用できれば、日本の多くの地域で無暖房住宅は十分に可能であると私は考えます。大切なのは、日射取得という「収入」と熱損失という「支出」のバランスです。これをきちんと計算し、家計と同じように収入を増やして支出を減らすのが無暖房住宅づくりのポイントになります。
太陽の熱を住まいに最大限取り入れるためには、立地条件に合わせて開口部の向きや大きさを考慮するほか、窓ガラスの素材にも気を配る必要があります。最近では、日射熱取得率が大きく熱損失が抑えられる「日射取得型Low-Eガラス」など高性能なガラスが開発されていますので、適材適所で利用するとよいでしょう。
なお、「日射熱を得やすいガラスだと、夏は暑いのでは?」という声を聞くことがありますが、夏の日射遮蔽はすだれを窓ガラスの外側に垂らすなど手軽な後付けで十分対応できます。窓ガラスを季節によって簡単に取り替えることはできず、日射遮蔽型のガラスにすると冬にせっかくの太陽の温かさが利用できません。家づくりは冬中心に考えるべきという基本方針は、窓ガラスについても当てはまります。
熱損失という支出を減らすためには、これまで繰り返しお話ししてきた通り、断熱性・気密性を高めることが何より大切です。一次エネルギー消費量は同じ暖房使用量でも断熱レベルで大きく異なってきます。
収入を増やし、支出を減らすことに最大限努めた上で、蓄熱性という「財布の大きさ」も重要になります。蓄熱性は文字通り熱を蓄えておく働きのことで、取得した熱を建物から逃がさないようにして、外気温が下がってからもその熱で住まいを温め続けます。日射取得と断熱・気密に合わせ、蓄熱が適切にできれば無暖房住宅はそう難しいものではありません。
なお、これまで木造住宅を前提にお話ししてきましたが、RC住宅なら無暖房住宅はもっと簡単に実現できます。コンクリートは熱容量が大きく、蓄熱性に優れるからです。ただし、コンクリートは生産時に膨大なCO2を排出するため、ライフサイクルで考えると環境にやさしいとは言い難くなります。
熱容量が少ないという木造住宅の弱点を、土壁を塗ることによって補う方法も有効です。土壁は蓄熱性が高いという特長に加えて、日本の伝統的工法であり各地域の職人が技能を活かせる点でも意義があります。この場合も、やはり蓄熱材と断熱材を組み合わせることが不可欠です。蓄熱材がある程度の温度で家をじんわりと温めようとするとき、熱が外へ逃げていては意味がありません。
ちなみに、冬に無暖房住宅が可能なら夏はどうかという疑問も上がってくるでしょう。冷房のいらない家「無冷房住宅」は無暖房住宅に比べると少しハードルが上がります。しかし高断熱・高気密住宅は上手に使えば、夏場に屋外の熱をシャットアウトできる住宅でもあります。無冷房住宅は発想の転換により、実現の可能性も見えてきます。
例えば、通風をとることで無冷房を目指すのではなく、昼間はあえて窓を閉め切っておいて熱を入れず、夜間に外気温が下がってから窓を開けて冷気を確保する方法などが考えられます。現在まさに研究を進めている最中ですが、日射遮蔽を適切にできれば、私は無暖房住宅かつ無冷房住宅もあり得ると考えています。
最終回となる次回は、あらためて「住まい」を考え、住む人を幸せにする家をどう考えるかについて提案したいと思います。