Effinergie連合体専門理事 シルヴィ・シャルボニェ氏 コラム
住宅におけるエネルギーの効率利用は、日本だけでなく各国が取り組む世界的な課題です。そこで今回は、ヨーロッパの建築業界で省エネ推進をリードしてきたシルヴィ・シャルボニェ氏をお迎えし、フランスをはじめEU諸国での住宅政策の現状やこれまでの歩み、未来像について話を伺いました。
第1回 「フランスでは4割が省エネ住宅」の理由
――省エネルギー政策に積極的なヨーロッパのなかでも、フランスは早くから住宅・建築部門に注力してきたとのことですね。
シャルボニェ氏 そうですね。フランスで住まいの省エネ化が進んだ最初のきっかけは、戦後に結露対策として断熱への意識が高まったことまでさかのぼります。1960年代までには断熱メーカーが中心となって熱貫流率や熱抵抗値などを数値化し、断熱性能を評価する仕組みを整えてきています。
1973年の第一次石油ショックを受けて、政府は翌年、新築の建築物への断熱性能に関する法規制を決断するのですが、この時点までにすでに断熱性能に関する目標達成の義務化のための土台ができていたといえます。その後、40年近くにわたって法規制を重ねてきました。現在では、既存住宅のうち約1,500万戸があまりエネルギーを消費しない住宅(1㎡あたりの年間エネルギー消費量が100kWh以下)(※1)となっています。これは住宅全体の約40%にあたります。
※1:全戸建て住宅の平均は、180kWh/m2。日本の全戸建て住宅の平均値は、95kWh/m2。フランスをはじめ欧州では、家全体を温める「セントラルヒーティング」が普及している。一方、日本では各部屋ごとの冷暖房が一般的なため、日本では相対的に一次エネルギー消費量も少なくなっている。
――そうした長い期間、法規制などの政策がスムーズに行われてきたのはなぜでしょうか?
シャルボニェ氏 特別なマジックは何もないのです。フランスが選んだのは、ラベル認証を導入して段階的に少しずつ建築業者をレベルアップしていく方法でした。これは既存の法規制より上のものにラベル認証を与えるというものです。例えば、現状義務化されているレベルより10%省エネが達成されていれば星1つ、20%省エネであれば星2つに...といった具合です。
よりレベルが高いものを導入しようとすれば当然ながらコストが上がりますが、オーバーコストになる部分には政府が補助金を出して支援しました。その上で同じラベル認証を何年か続けて、ある程度普及が進んできた認証レベルを次の段階では義務化して、より高いレベルのラベル認証を定めるということを地道に繰り返してきました。
――結果として、住まいにおけるエネルギー消費量はどのように改善されてきましたか?
シャルボニェ氏 相当な成果を上げることができた、といえると思います。グラフで見れば明らかなように、規制を改定するごとに、エネルギー消費量は確実に減少してきています。2000年の段階では、最初の法規制が成立する以前の1955-74年比の約4分の1にまで抑えられています。
2009年には「BBC(低エネルギー建築物)」と呼ばれるパッシブハウスレベルのラベル認証制度が新たに導入されました。暖房・冷房・給湯・照明・付帯設備という5つの項目で、年間一次エネルギー消費量を50 kWh/m2未満に抑えたものだけが受けることができる、極めてレベルの高い認証制度となっています。
BBCにおいては、それぞれの立地を十分に検討し、建物をつくる段階からエネルギー需要そのものを抑えることが求められます。例えば夏の暑さが厳しいフランス南部では日差しを避けるために長いひさしを出したり、反対に北部では南向きに開口部を多く設けて、日射取得型の窓ガラスを入れて冬の暖かさを確保したりということが求められます。快適性と省エネルギーを両立できる住宅づくりに設計・建築段階から取り組んでいくという考え方が大切だということです。
――パッシブハウスというと、ドイツのパッシブハウス研究所が定めた認定住宅が有名ですが、これと同じレベルと考えてよいのでしょうか?
シャルボニェ氏 はい、ほとんど同等のレベルとして考えられます。特筆すべきは2012年末にこのBBCは法規制化されており、世界で初めてのパッシブハウス義務化の例となったということです。この時点ですでにフランスには10万戸がパッシブハウスレベルを実現していました。これはドイツの1万5,000戸と比較しても多いといえるでしょう。
こうした実績は突然生まれたのではなく、長い歴史のなかで徐々に築かれてきたものです。繰り返しになりますが、大事なのは長期にわたって“ラベル認証から義務化へ”という流れを政策として繰り返してきたことです。地道に段階を踏んだステップ・バイ・ステップの政策こそが現在の省エネレベルを実現したことを強くお伝えしたいと思います。
日本における省エネ住宅の歩み
フランス同様に日本にも大きな影響を与えたのが、1970年代の二度にわたる石油ショックでした。将来の経済発展を見据えたエネルギー効率の改善が強く求められ、1979年には「エネルギー使用の合理化に関する法律(省エネ法)」が制定されました。翌年、それに基づき住宅の性能水準について定めた建築主への告示が「住宅の省エネルギー基準(省エネ基準)」です。その後も省エネ基準は、省エネ法の改正に伴って1992年、1999年と順次強化されてきました。
住宅の断熱性能を表す指標のひとつである「Q値」(数値が小さいほど断熱性に優れる)で見た場合、フランスは概ね1.9~1.5の範囲内で、平均は1.6前後です。一方、日本の次世代省エネ基準(1999年~)では気候や気象条件に応じて1.6~3.7の6段階で設定されていますが、この基準以下の住宅もまだまだ多く、今後もより一層の省エネ化が重要となります。
世帯当たりのエネルギー消費量を単純に比較した場合、日本はフランスの半分程度ですが、住まい全体を温める(=全室暖房)フランスに比べ、日本では部屋ごとの暖房(=局所暖房)が主流であることが大きく関わっていると思われます。局所暖房では極端な温度差が生じやすく、ヒートショックに起因する健康問題などが生じやすくなるという構造的なリスクが避けられず、省エネ以前に人への負荷を強いる住まいになりかねません。
2010年には、エネルギー消費量が伸び続ける民生(家庭+業務)部門への対策として、改正省エネ法が施行されました。これにより、大規模な建築物に省エネ措置の届出を義務づけたり、建売戸建住宅を新築・販売する事業者を対象とした省エネ性能向上を促す制度が導入されています。
そして、2013年1月には14年ぶりとなる省エネ基準の改定が行われました。外皮の断熱性能と一次エネルギー消費量の二本立てで建物を評価するこの改正省エネ基準は、2020年までの適合義務化が目指されています。現在の適合状況は、新築住宅で約50%、2,000㎡以上の新築建築物で約90%であり、今後の日本の省エネレベル底上げに向けて注目が集まっています。