Effinergie連合体専門理事 シルヴィ・シャルボニェ氏 コラム
住宅におけるエネルギーの効率利用は、日本だけでなく各国が取り組む世界的な課題です。そこで今回は、ヨーロッパの建築業界で省エネ推進をリードしてきたシルヴィ・シャルボニェ氏をお迎えし、フランスをはじめEU諸国での住宅政策の現状やこれまでの歩み、未来像について話を伺いました。
第2回 住まいの未来を変える長期ロードマップ
――前回、フランスでの住まいの省エネのあゆみについてお聞きしてきました。少し視野を広げて、ヨーロッパ全体についてはいかがでしょう?
シャルボニェ氏 もちろん、前回お話ししてきたような建物の省エネ化政策は、フランスが単独で行ってきたものではありません。ドイツやデンマーク、スウェーデン、ノルウェー、オーストリアなどのEU諸国とともに足並みを揃えて進めてきました。これらの国々でも、フランスと同じようにエネルギーに関する法規制を行ってきています。
注目すべきは2002年に発せられたEU指令です。これは冷房、暖房、給湯、消費、付帯設備という5つの項目で建物のエネルギー消費の削減を求めたものですが、27の加盟国(当時。2013年7月のクロアチア加盟により現在28カ国)すべてを対象としています。今まで省エネの動きに参加してこなかった国々も含んでいるという点で画期的なものでした。
このEU指令により、2020年までにEUのすべての新築住宅・建築物をゼロ・エネルギー化することが定められました。特に1,000m2以上の建築物では、新築だけでなく既存の建物であってもエネルギー改修を義務付けています。その後、2010年にはこの規制が強化され、対象が1,000m2以上の建築物から50m2以上の建築物へと拡大しています。さらに、2050年までには、新築・既存を含めて全ての建物をパッシブレベルにすることが求められています。
――かなり高い目標のように感じられますが、実際にはどのように取り組んでいるのでしょう?
シャルボニェ氏 まずは各国での法整備ですね。 2012年にはさらに新たなEU指令が出されましたが、そこでは2050年までのロードマップの策定を全加盟国に義務づけています。各国は2014年までにそれを策定して、実行のための法制度を国内法の中に落とし込まなければなりません。
そのうえで、各国は公共の建物、施設に関しては年間で面積の3%ずつ改修していく義務を負いました。また、熱効率が高いコージェネレーション・システム(※1)も政策を通じて推進していかなければなりません。さらには、エネルギー改修を支援するための基金の開設も義務付けられました。
※1:発電システムで発生した熱を給湯や暖房に利用するシステム。
――そうした一連の取り組みは2050年までのロードマップの一環として考えられるのですね。目標年が2050年とされたのはどうしてですか?
シャルボニェ氏 ポスト京都議定書(※2)において、EUが「2050年までに温室効果ガスを80%削減」を公約しているからです。2050年を目指した住宅・建築物の省エネ化のロードマップもまた、この大きな目標を達成するためのひとつのツールとなっています。だからこそ、40年という非常に長期スパンでの視点が欠かせないのです。
同時に、27の加盟国すべてが連帯してエネルギー問題や環境問題に取り組んでいく意義は大きいと思います。これらは人間がつくった国境という枠に留まる問題ではなく、地球規模の広い地域で影響を与え合っており、連携した取り組みは不可欠です。
※2:京都議定書の対象期間が終了した2013年以降、世界の温室効果ガス削減の枠組みとして議論されている、国連気候変動枠組条約の「新たなる目標」の通称。日本は、すべての国が参加しない京都議定書は公平性・実効性に問題があるとの観点から、この第二約束期間には参加しない立場を示している。
――義務化という点では、日本でも2013年1月に14年ぶりに省エネ基準が改正され、2020年までにすべての新築住宅・建築物への適合を義務付ける方針が政府より打ち出されています。これは日本で初となる試みです。
シャルボニェ氏 そうですね。ただ、忘れてはならないのが義務化される省エネ基準のレベルの問題です。今回日本で義務化される予定の温熱性能は1999年に定められた次世代省エネ基準レベルのもので、1m2あたりのエネルギー消費量に換算すると99kWh/m2です。一方、EU指令に基づいてEU加盟各国が目指している省エネ目標の平均値は42kWh/m2。気候や生活習慣の違いがあるため一概には言えませんが、それでもこの基準レベルか十分かどうかには議論の余地があると思います。
日本では、市場の動向などを踏まえた上で現実的な基準レベルが設定されているように見えます。しかし、国際社会のなかで掲げた大きな目標を確実に達成していくためには、何より最初に「どのようなスパンでどのような政策を講じれば目的が果たせるか」を考える長期的な視点が欠かせないでしょう。
日本が目指す2020年目標
2013年1月に14年ぶりに省エネ基準が改正されました。また、2020年までにすべての新築住宅・建築物への適合を義務付ける方針が政府より打ち出されています。義務化は住宅・建築物の規模別に段階的に進められ、それぞれ大規模(2,000m2以上)、中規模(300~2,000m2未満)、小規模(300m2未満)の順で適合を義務づけていく予定になっています。
改正省エネ基準は、生活全般のエネルギー消費量から太陽光発電などによる自然エネルギー導入量を差し引いた「一次エネルギー基準」と、建物の外皮の断熱性に関する「外皮基準」の二本立てとなっています。この二つについて、地域ごとに気候などを考慮して達成すべきレベルが定められました。外皮基準については、実質的には次世代省エネ基準と同レベルに留められています。
義務化をめぐっては、日本の住宅・建築物の省エネ性能を発展・普及させるという好意的な見方がある一方で、基準レベルの議論が十分でなかった点や、多くの人がクリアしやすいようレベルを低めに設定せざるを得なかった点を指摘する声も強く、賛否両論があります。
いずれにしても、今回の改正省エネ基準はこれさえクリアすれば建物の省エネ対策は万全」というものではありません。政府としても、より高いレベルへの誘導及び促進を目指して、低炭素住宅の認定制度(※3)や住宅のゼロ・エネルギー化推進事業等(※4)をスタートさせており、今後の市場の動向が見守られています。
※3:都市の低炭素化(CO2排出抑制)を目的に2012年に施行された認定制度。改正省エネ基準より10%以上の一次エネルギー消費量削減が条件のひとつ。
※4:経済産業省と国土交通省が合同で進める「ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス支援事業」および「住宅のゼロ・エネルギー化推進事業」。一定レベル以上の断熱性能を条件として、一次エネルギー消費量が太陽発電などの創エネの利用でおおむねゼロになることが要件。