道路から玄関までの空間はアイディア次第!
魅力的なアプローチづくり
監修:新井 崇文(新井アトリエ一級建築士事務所代表・一級建築士)
家づくりに際しては建物配置の検討と併せて、道路から玄関までのアプローチの空間も考えます。アプローチの空間は日々家を出入りする際の印象に大きく影響をもたらす大切な要素です。本コラムでは「大徳寺高桐院」を訪ねたエピソードから始め、「アプローチとはどのような空間か?」、「敷地・建物配置タイプ別・魅力的なアプローチのつくりかた」についてご紹介します。
大徳寺高桐院の美しきアプローチ
ある夏の日、京都の大徳寺高桐院を訪れました。高桐院は道から建物までのアプローチが長く、その間に様々な美しいシーンを見ることができるお寺です。まず山門の前で上を見上げると、瓦屋根の手前でひと振りのモミジの枝葉が美しく迎えてくれます。
山門で額縁のように切り取られた風景は、鮮やかな緑色をした苔のじゅうたんと木々の奥に控える漆黒の闇・・・思わずハッと息を飲むようなシーンです。
山門をくぐり右手に折れると、やわらかい緑の天幕に覆われた美しい空間が広がります。足元から伸びていく石畳の道には木漏れ日がやさしく降り注いでいます。
この美しいアプローチに私は大きな感銘を受け、幾度もこの空間を行ったり来たりしていました。そして晩秋に再度訪問すると、今度は紅く染まった落ち葉のじゅうたんが私を迎えてくれました。
この高桐院のアプローチが季節ごとに見せてくれる、表情の美しさ、空間の素晴らしさに出会って以来、私は「建物はアプローチが大切だ」と考えるようになりました。規模は異なりますが、住宅でもそれは同様だと思います。
アプローチとはどのような空間か?
住宅においてアプローチとはどのような空間なのでしょうか・・・?
アプローチは日常頻繁に行き来する空間です。外からアプローチを通り家へ帰ってきたときは「ああ、今日も我が家に帰ってきたなあ」とホッとした気持ちになり、家からアプローチを通り外へ出かけるときは「今日は気持ちのいい日だなあ。がんばるぞ。」と前向きな気持ちになる、そんな契機となりうる空間です。
アプローチは外部空間であるため、光・風・緑といった自然の恵みをふんだんに活かした空間づくりが可能です。また、外部空間とはいえ敷地内のプライベートな空間でもありますから、室内のような親密な雰囲気の空間をつくることも可能です。このようにアプローチというものは人の心の琴線に触れる魅力的な空間をつくれる可能性を大きく秘めている部位であり、内と外を行き来する人の気持ちを徐々に切り替えてくれる緩衝空間としても非常に大切なのです。
(荏田町の家)
敷地・建物配置タイプ別・魅力的なアプローチのつくりかた
では、敷地や建物配置のタイプ別に、魅力的なアプローチづくりの例をご紹介しましょう。
1)道路から玄関までの引きが十分にある場合
敷地が十分に広く、道路から玄関までの引き(距離)が十分にある場合は、極めて魅力的なアプローチを形成する条件が整っているといえます。その一例として「双柿舎(そうししゃ)」をご紹介します。この家はシェークスピア全訳で知られる明治・大正期の文学者・坪内逍遥が居住していた住まいで、現在一般公開されています。敷地は熱海の海を望む丘の中腹にあり、緑豊かで閑静な環境です。
美しい緑のアプローチを進んでいくと、端正なたたずまいの門が出迎えます
門をくぐり、そのまま小路を進むと玄関です。玄関の先に庭が見通せて、なんとも良い雰囲気のアプローチです。
この家では長いアプローチに「門に向かう小路」→「門」→「玄関に向かう小路」というシーンの切り替えを設けることにより、訪れる者に変化あるシーンを楽しませてくれます。
また、アプローチ全体を通して様々な樹種を織り交ぜた植栽が施され、緑・紅葉・花・実など季節ごとの多彩な表情を楽しませてくれます。
2)旗竿地(はたざおち)の場合
市街地や近郊の住宅地では、道路から玄関までの引きが十分にとれるような広い敷地は今や少ないかもしれません。でも様々な形状の敷地を見ていくと、実はそのチャンスは意外なところに転がっています。それが旗竿地の場合です。
旗竿地とは道路から細い導入部を通っていく形状の敷地です。この細い導入部、通常は駐車スペース等に利用するだけの場合が多いのですが、ここに豊かな植栽を施し魅力的なアプローチ空間を形成した一例として「宮田さんの家」(ランドスケープ設計:プランタゴ)をご紹介します。
この家は都内の住宅地にあります。道路を歩いているとわずか数メートルの間口の部分だけこんもりと緑が茂っている部分が見えてきます。ここが旗竿地の導入部です。
およそ十数メートル奥行きのあるこの導入部は奥へ進むに従って地盤面が徐々に上がっていきます。右へ左へと小刻みに蛇行したり、数段の階段を上がったりと変化していくアプローチを進んでいくとようやく住宅の玄関へたどり着きます。
玄関前から道路側を振り返るとこのような感じです。都内の住宅地にいるとは思えないくらい、奥行きある緑の中に佇んでいる感覚になります。
3)庭経由のアプローチの場合
さほど広くない敷地でも、道路から玄関までの引きを十分に確保する手法はあります。それは庭経由のアプローチの場合です。道路から庭経由で奥側の玄関へ到達する経路とすることで、長いアプローチ空間を確保することができます。その一例として、私の自宅兼事務所である「荏田町の家」をご紹介します。
この家は南側で接道しており、道路と建物の間にある駐車スペースの右端がアプローチとなっています。アプローチには駐車スペースとは別のリズムで枕木が敷かれ、並行して様々な樹種からなる植栽が施されることで、潤いある雰囲気がつくられています。
枕木敷きが終わり、階段を上がりながら向きを左へ変えると、ゲート状の空間が現れます。大谷石敷きのこの部分を進むと正面に庭の緑が見えてきます。
ゲートを通るとそこは中庭状の空間です。植栽を眺めながら、木デッキへ上がり進むと、正面が玄関です。この玄関はワークスペースやキッチン・リビングダイニングと一体の空間となっています。
この家のアプローチでは右に左にと折れながら「駐車スペース脇の小路」→「階段」→「ゲート」→「中庭」と様々に変化するシーンを楽しむことができます。
4)道路から玄関までの引きがあまりない場合
南側接道の場合は庭経由のアプローチを確保しやすい傾向にありますが、東・西・北側接道の場合は道路からすぐ玄関、という配置になる場合が多々あります。
その場合も、道路から玄関までのわずかな引きを利用して感じのよいアプローチを形成することは可能です。その一例として「カヅノキハウス」(設計・写真撮影:しまだ設計室)をご紹介します。
この家は北・東の2面で接道しており、北側に駐車スペース、そして東側にアプローチと玄関があります。建物と東側道路との間の前庭には豊かな植栽が施されており、あたかも「前面道路それ自体が心地よいアプローチ空間」とでも考えられるような様相となっています。この景観は地域の方々からも親しまれているようです。
道路からはコンクリートの階段を上がってすぐ玄関となりますが、前庭の豊かな緑に接しており、道路から一段上がったこのスペースはまるで縁側のような雰囲気の良さをもつアプローチ空間となっています。
まとめ
家づくりでは「敷地全体が暮らしの空間」と考え、外部空間を有効に計画したいところです。特にアプローチを心地良い空間にすることは住み心地に大きく貢献すると共に、地域の景観づくりにも貢献します。植栽も重要です。そうした住宅が連鎖して次第に増えていくことで、住宅地や街並み全体の価値が上がっていくと嬉しいものです。