毎日使う場所だからしっかり考えたい、
自分好みの快適なトイレとは?
監修:新井 崇文(新井アトリエ一級建築士事務所代表・一級建築士)
トイレは人が暮らしを営む「家」において、必要不可欠な要素といえるでしょう。毎日頻繁に利用する部分なだけに、このトイレを自分好みの快適なものにできれば、暮らし心地は随分と良くなります。本コラムでは「『陰翳礼讃』におけるトイレの世界観」から始まり、広さや配置などの「トイレづくりを計画する際に知っておきたいこと」、そして最後に「心に染み入るトイレの風景」をご紹介致します。
「陰翳礼讃」におけるトイレの世界観
私が設計事務所に勤め始めて間もないころ、尊敬する先輩から勧められて読んだ本があります。文豪・谷崎潤一郎が日本的な美の本質について語った随筆「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」です。谷崎潤一郎はこの「陰翳礼讃」の中で、厠(かわや=トイレのこと)の魅力についても独特の世界観をもって語っています。要約すると以下のような内容です。
「京都や奈良の寺院にある厠は、母屋(おもや)から廊下を伝って行く離れで青葉や苔の匂う植え込みの蔭にあり、障子ごしの光がほんのり明るく、窓外の庭の景色を眺めることができ、実に精神が安まるように出来ている。漱石先生は毎朝の便通を生理的快楽であると云われたそうだが、その快楽を味わう上にも、閑寂な壁と、清楚な木目と、青空や青葉の色を見ることの出来る日本の厠ほど、恰好な場所はない。それには、ある程度の薄暗さ、徹底的な清潔さ、そして静かさが必須の条件である。厠は、雨の音、虫の音、鳥の声を聴くにもよく、月夜にもふさわしく、四季おりおりの物のあわれを味わうのに最も適した場所であり、日本の建築の中で、一番風流に出来ている場所と云えなくもない。」
(日本家屋イメージ)
私はそれまでトイレというものにさほど興味を持っていませんでしたが、これを読んだ後はトイレという空間の奥深さに目覚め、行く先々で魅力あるトイレに出会ってはそれに感じ入るようになりました。谷崎潤一郎が記したような、母屋から廊下を伝って行く離れで青葉や苔の匂う植え込みの蔭にあるようなトイレ、といったものは、現代の市街地での住まいでそのまま容易に実現できるものではありませんが、そのイマジネーション豊かな世界は我々がトイレを計画する際に大いに参考になるものではないでしょうか。
トイレづくりを計画する際に知っておきたいこと
●心地よいトイレとは?
私はトイレで思索に耽るのが好きです。清潔で、ほのかに明るく、静かな我が家のトイレに座り、様々な考え事をします。小さく囲われた空間に籠っているという安心感もあり、心が自由に解き放たれ、自由な発想ができるのです。
心地よいトイレのあり方は人により様々ですが、考慮すべき要素をいくつか挙げてみます。
1)採光
マンションであれば間取りの都合で窓のないトイレもやむを得ないと思いますが、戸建て住宅であればトイレは外壁に面した位置に配し、是非とも窓を設けたいところです。プライバシーの点から窓は小さめでもよいと思います。やさしく自然光が入りほのかに明るいトイレでしばし時を過ごすのは心地よく、思索にふけるにも絶好の空間です。また、窓があれば停電時にも明るさに不自由はしません。
2)換気
トイレの空気は換気扇で浄化するのが確実です。排気した分だけ給気する必要がありますから、トイレ入口のドアにはガラリ(ブラインドの桟を固定させた扉のこと)やアンダーカット(扉下部を床から数センチ程度浮かすこと)を設けます。また、外壁に開閉できる窓があれば、停電時にもある程度の換気を図ることができ、いざというときに重宝します。
3)室温
冒頭でご紹介した谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」にあるような「廊下を伝っていく離れの厠」であれば、トイレの室温はさぞ外気温に近いのではと想像できます。季節の良い時期であれば、それはそれで気持ち良いことだと思いますが、冬の寒さの中、肌を露出するのは、現代人にはやや過酷に思います。トイレはなるべく他の部屋と温度差をなくし、快適で、体への負担も少ない環境にしたいものです。
(荏田町の家:床下暖房の温風吹出口をトイレの床にも設置し、他の部屋との温度差をなくしている)
●トイレに必要な広さとは?
トイレの広さはどれほど必要でしょうか。便器を置くだけの最小限サイズであれば0.75畳程度で収まりますが、1畳程度あれば小ぶりの手洗器をつけることができます。また、1.5畳程度あればカウンターを配した洗面器を設置することができますし、2畳あれば男性用の小便器を置いたり、車椅子で利用できるトイレを計画したりできます。また、トイレにはペーパーなどの収納棚を設けておくと便利です。
●トイレをどこに配置するか?
トイレの配置については「それは誰が利用するトイレか」を考えることが肝要です。例えば2階建ての家でトイレを各階に1つずつ設置する場合、リビング・ダイニングのある階のトイレは来客も使用するため鏡や手洗いなども設け、パブリックなゾーンに配置します。
(朝霞の家:来客も使う1階トイレ)
その他の階のトイレは家族専用のものと位置付け、家族が来客と顔を合わせずに利用できるよう寝室や浴室に近いプライベートなゾーンに配置します。家族専用のトイレは洗面・脱衣室など他のスペースと組み合わせることも可能です
(荏田町の家:家族専用の2階トイレ。洗面室の衝立の奥にセミオープンのトイレがある)
また、トイレ利用時には排水音が生じます。トイレと居室(リビング・寝室など人が長く居る空間)とはなるべく隣接させないようにし、もし隣接する場合はトイレ周囲の壁・天井内に遮音材を入れたり、排水管に遮音材を巻いたりして配慮するとよいでしょう。特に2階以上の部分にトイレを配置する場合は、直下の部屋への排水音の影響には注意が必要です。
心に染み入るトイレの風景
私はルイス・バラガンというメキシコの建築家の住宅作品が好きなのですが、以前、念願叶ってメキシコシティ郊外のプリエト邸という邸宅を見学できたときのことです。
静けさの漂う豊饒な内部空間を一通り見学して満ち足りた気持ちになった後、帰り際にトイレをお借りしました(下図のようなトイレです)。そのトイレは入るとまず洗面カウンターがあり、衝立の向うに便器があるという構成で奥ゆかしい雰囲気になっています。さらに「これはいい」と感じたのは、便器に座ると正面に窓があるということです。明るい窓を見ながら便座に座ることができる・・・たったこれだけのことですが、なかなかどうして、このような心に染み入るトイレの風景には世の中で滅多に出会えません。2畳程のスペースが捻出できれば実現できる・・・とはいえ、普通の住宅ではなかなかそれが難しいということでしょう。私もいつか自分の設計する住宅で、このような豊かなトイレを実現したい・・・と目論んでいます。
まとめ
夏目漱石のようにトイレで過ごす時間を「生理的快感である」ととらえ、谷崎潤一郎のように「こだわりのトイレを追求する」という家づくりがあってもよいと思います。トイレはわずか1~2畳程度のスペースであり、家全体から見ればごく小さなスペースですから、ここに少々の費用をかけることで暮らしの満足度が大いに上がるのであれば、それは賢い取り組みであるともいえるでしょう。隣家からの視線はカットした上で、地窓(床面近くの小窓)により坪庭の地被植物が見えるトイレなどは癒されるでしょうし、ハイサイドライト(天井面近くの窓)により空が見えるトイレなども爽快でしょう。またトップライトから壁を舐めるように下りてくる光の下で思索にふけるトイレなども素敵ではないかと思います。機能性の確保と同時にプラスアルファの魅力あるトイレ・・・そんなトイレづくりに是非チャレンジしていただきたいと思います。