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住まいの心地良さや機能性を向上させる、
照明のあるべき姿とは?

監修:新井 崇文(新井アトリエ一級建築士事務所代表・一級建築士)

人は空間をどのように認知するのでしょうか。・・・床・壁・天井といった各部位に光が当たることで初めて人は空間を認知することができます。昼間は外からもたらされる光によって、そして夜は照明器具からのあかりによって・・・。家づくりにおいて照明計画は空間の心地良さや機能性に関わる大切な要素です。本コラムでは照明計画の総論として「体の芯からリラックスでき、眠りに誘われる灯りとは?」「『陰翳礼讃』の美学」「室内全体の明るさは控えめとし、必要なところに必要なだけの明るさを」といったトピックをご紹介します。

体の芯からリラックスでき、眠りに誘われる灯りとは?

我が家では年に数回、キャンプに出かけます。日が暮れて、夕食を終えたころ、薪を組んでたき火を始めます。ひんやりとした夜空のもと、たき火で暖をとり、ゆらめく炎を眺めながら過ごす時間は格別です。なんとも言えない心地よさ、そして体の芯からリラックスしてくる感じがあります。そしていつしかウトウトと・・・寝床に入ればぐっすりと眠れることは言うまでもありません。

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このたき火の心地よさから考えられること・・・それは光環境と人体との関係です。太古の昔、まだ人間が原始的な生活を送っていたころ、昼は日の光のもと狩猟採集を活発に行い、やがて西に太陽が沈むとたき火の灯(あか)りを囲んで夜を過ごし、眠りにつく・・・人々はそのような生活を送っていたと考えられます。昼は「上からの」「白色で」「強い」光を受けて体が覚醒し活動的になる。夜は「下からの」「暖色で」「仄かな」光の中で体が沈静化し、明日へ備え眠りにつく状態となる。人類が長い歴史の中でそのような暮らしを営々と繰り返してきた結果、光環境と人体との結びつきが出来てきたと考えられます。ゆえに夜、たき火の灯りを囲むと人は「心地よい」と感じ、自然と体が眠りにつく状態となるのでしょう。

日本でも江戸時代まで灯りは蝋燭(ろうそく)や行燈(あんどん)でしたから、たき火と同質の「下からの」「暖色で」「仄かな」光の中で夜を過ごしていました。ところが明治時代になり西洋文明と共に電灯が広まると、夜の住まいの灯りは「上から」「煌々と」照らされるものとなりました。さらに戦後、「明るい文化へのあこがれ」や「蛍光灯の発達」と共にそれはエスカレートし、「上からの」「白色で」「強い」光が住まいの一般的な灯りとなってしまいました。オフィスなど夜も人々が活動する空間では、人々の活動性を促すために「上からの」「白色で」「強い」光を灯すのはある程度仕方ないことかもしれませんが、住まいのように人が心身をリラックスさせて眠りに就く空間までもがそのような質の光で満たされるべきではありません。これでは多くの人が不眠症になるのもおかしくありませんし、本当に豊かな住空間を手に入れることはできません。夜の住まいの灯りは「下からの」「暖色で」「仄かな」光をベースに計画したいものです。

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(荏田町の家)

 

闇があるからこそ光が美しい・・・「陰翳礼讃」の美学

もうひとつ、明治時代以降、そして特に戦後になって、住まいから急速に消え始めたものがあります。それは空間における「陰翳」や「闇」です。文豪・谷崎潤一郎は昭和8年に発表した著作「陰翳礼讃」において、電灯の普及とともに急速に明るく変容してきた日本の住まいに警鐘をならし、「日本の漆器の美しさは燭台(しょくだい)の薄明かりの中に置いてこそ発揮される」「羊羹(ようかん)の色は暗がりの中でこそ瞑想的であり、味にも異様な深みが添わる」「真っ白なご飯はぴかぴか光る黒塗りの飯櫃(めしびつ)に入れられて暗い所に置かれているほうが見ても美しく食欲をも刺激する」と日本料理が陰翳を基調とし闇と密接な関係にあった趣旨を述べています。また日本家屋についても、深い庇と障子ごしに、はかなく鈍い光に照らされた繊細な明るさの室内について「座敷の砂壁を照らすほの明るさが何物もの装飾に勝るものであり、しみじみ見飽きがしない」「床の間の凹みに生じる闇を眺めると永劫普遍の閑寂に感銘を受ける」「金襖(ふすま)や金屏風(びょうぶ)は暗い家でこそ黄金の美しさを発揮する」という趣旨を述べています。
私も以前この「陰翳礼讃」を読んでから、各地の日本家屋や寺社を訪ね見てきましたが、谷崎潤一郎の趣旨には大いに共感するところがあります。ほの明るさの中にいる落ち着き感、そして闇があるからこそ光が美しい、という「日本のあかり文化」を再構築すべき時が今、やってきています。

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(松声庵・金沢)

 

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(左・右上:旧安田楠雄邸・東京 / 右下:三渓園・横浜)

 

室内全体の明るさは控えめとし、必要なところに必要なだけの明るさを

江戸時代は室内全体を照らす電灯などありませんでしたから、行燈(あんどん)を使っていました。暗闇の中、灯りの欲しいところに行燈を持って行く・・・実に無駄がない照明システムであったと思います。現代では電灯を使って室内全体を照らすことができますが、陰翳なく室内全体が明るいのは味気ないものですし、エネルギーの無駄でもあります。室内全体の明るさは控えめとし、ソファ脇にスタンドライトを置いて読書灯としたり、ダイニングテーブル上にペンダントライト(吊り下げ照明)を配して灯り溜まりをつくったりと、必要なところに必要なだけの明るさをもたらすことが、心地よい空間につながると思います。
賃貸住宅や、建て売りの分譲住宅など、住まい手の顔や生活が見えない中で設計する住宅では、どのような生活にも対応できるよう均等配灯で部屋全体を明るくする照明計画を行いがちですが、これはクレームを防ぐためにもやむを得ない面があります。しかし逆に、住まい手とじっくり対話し、暮らしの具体像を描きながら設計する注文住宅では、明るさの濃淡をつけた照明計画をすることは可能ですし、是非そういう取り組みを行うべきだと思います。

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(朝霞の家)

 

まとめ

このように、人と灯りの歴史を振り返ってみると、現在世の中にあふれている「陰翳もないほど明るい照明」がむしろ特異なものであり、住まいの照明の本来あるべき姿はそれとは異なるということがご理解いただけたのではないかと思います。次回コラムでは照明計画の各論として、具体的な照明計画の手法について、ご紹介します。

新井 崇文

新井アトリエ一級建築士事務所代表・一級建築士

新井 崇文(あらい たかふみ)

自然素材に包まれた、住み心地の良いデザイン住宅づくりを目指す傍ら、共働き家庭で家事と子育てもこなすイクメン設計士。「生活者の視点に立った住宅設計」の専門家。
新井アトリエ一級建築士事務所 ホームページ ブログ
平成26年8月に 「荏田町の家」がTV番組「渡辺篤史の建もの探訪」にて放映

 

 

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